全国大会直前に“異変” ぬるい練習、低い全力レベル…学童名将が「怒鳴り散らした」ワケ

文:高橋幸司 / Koji Takahashi

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全日本学童大会で準V…多賀少年野球クラブが直面した“令和の野球”の壁

 子どもたちの自主性を育み、楽しく強くなる――。そんな令和の野球の実現は簡単ではない。8月8日〜13日に愛媛県で開催された、学童野球の日本一を争う「高円宮賜杯 第46回全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメント」で、準優勝に輝いた多賀少年野球クラブ(滋賀)。保護者を巻き込んでの“野球で子育て”を掲げ、さまざまな改革を行ってきた辻正人監督は、「ここ(準優勝)まで来られるようなチームじゃありませんでした」と語る。大会直前には、「初めてというくらい怒鳴ってしまった」という“危機”があったという。

「今日の野球、楽しかったやろう? 仲間を助けながら、仲間に助けてもらいながらヒットを打つ。そういう場面があったよね?」

 12日の準決勝、南瀬谷ライオンズ(神奈川)戦に2-1で逆転勝ちした後、坊っちゃんスタジアム外に選手・保護者を集めたミーティングで、辻監督はそう語りかけた。

「負けている場面でも攻め続ける。あれがほんまの“楽しい野球”。ただ単に、ヘラヘラ笑いながらやるのとは違う。勝ち負けの結果は調整できない。ただ、打席でフルスイングすること、最後まで全力で戦うことはできるよね? 明日(の決勝)は、勝とうが負けようがどうでもいい。自分たちがやるべきことをやろう」

 日本一を目の前にして、「勝ち負けはどうでもいい」と言い切った辻監督。「僕らは目的が違う。優勝は記念になりますけど、この現状の中で子どもたちに何を与えてあげられるか。教育の場、育成の場。それが大人の役割ですから」。そうキッパリを語った。

 辻監督は“令和の学童野球”の先導者である。「世界一楽しく、世界一強く」を掲げ、2018年、2019年の全日本連覇以降は、子どもたちが楽しみながら上達する育成方法を模索。球界に根強い、怒声・罵声の威圧的指導、長時間練習に頼った指導改善を訴え、戦術よりも将来につながる投げ方・打ち方の基礎を教え、週末も4〜5時間の「半日練習」として、時代に合う効率性を求めてきた。

 改革当初は思うように勝てない時期もあったが、昨年の全日本でベスト4に進出。保護者の協力も得ながら、監督が不在のケースでも「誰が子どもたちを見ても、目的を持って練習ができる」体制を、自信を持って整えたはずだった。

グラウンドの練習光景に愕然「もう出ていってくれ!」

決勝戦、ベンチ前で選手たちに「攻め続けるぞ」と声をかける辻監督【写真:高橋幸司】

 ところが、異変が起きたのは9大会連続19回目の全日本出場を決めた後の6月のことだ。レギュラーチームの練習ぶりが、「監督がいないところだと緩んでいると、マネジャーから報告があったんです」。

 そんなはずはないとグラウンドを覗きに行き、愕然とした。「その辺にいるめっちゃ弱いチームのように、ぬるい練習をしていた」。もともと心の優しい子が多い年代ではあったが、監督のいる・いないで態度を変えていたのが許せない。怒声・罵声禁止を掲げているにもかからわず、これまでにないほど怒鳴り散らしてしまった。

「もう出ていってくれ! (練習場所の)滝の宮から帰ってくれ!」

 秋田寿美マネジャーによると、「子どもたちは、全国出場を決めた安心感で気持ちが乗っていなかったようです。全力で練習するの“全力”が、私から見ても低い。もっとやれるというところが、なかなか越えられなくなっていました」。そこからは荒療治だ。本番直前にもかかわらず、半日練習をさらに2時間にまで“時短”にして、あえて突き放した。「もう一度何のために、誰のために野球をしているのか親子で考える時間を作ってほしかった」(辻監督)からだ。

 さらに、一塁に全力疾走する練習をしたり、野球講演家・年中夢球さんに依頼して、完璧にこなすまで終われないノックを導入したり。効率とは真逆の“根性練”で、守りに入った子どもたちの心を立て直そうとした。自主性を育む野球も、よほどの自覚がなければ途端に綻びが生まれる。「“楽しい野球”は本当に難しい。意味を履き違えてしまうんです」と、辻監督は吐露する。

攻撃も攻める、守りも攻める…「そうすれば必ずチャンスが巡ってくる」

決勝戦、1点ビハインドの最終6回に生川友翔の三塁打で追いすがる【写真:高橋幸司】

 次第に改善の兆しが見えたものの、大会突入後も、1、2点奪うと「安全な野球をやりだす」弱さが垣間見えた。それが大きく変わったのが、11日の木屋瀬バンブーズ(福岡)との準々決勝だ。5回表の段階でスコアは1-4。90分の試合時間制限を考えると、次が最後の攻撃になる大ピンチ。そこで辻監督はベンチで子どもたちに、「よーし、負けた!」と“逆ハッパ”をかけた。

「最終回で3点差。もう負けや。どうせ負けるんやから、吹っ切れるぞ。攻撃しまくって、動きまくって、強気で負けよう」

 すると、子どもたちの魂に火がともった。1死二、三塁から西邑叶惟(5年)のショート強襲安打で1点差とすると、2死から村井大翔(6年)の左越え二塁打で同点。さらに、特別延長7回1死満塁、生川友翔(6年)のピッチャー強襲安打で起死回生のサヨナラ勝ちだ。そして翌日の準決勝もビハインドに動じず逆転勝ちし、冒頭のミーティングでの言葉につながる。「攻撃も攻める、守りも攻める。そうすれば必ずチャンスが巡ってくる」(辻監督)。それこそが、本当の“楽しい野球”なのだと、選手たちが身をもって知った瞬間だった。

 長曽根ストロングス(大阪)との決勝戦も、指揮官は「守るなよ、守るなよ、ずっと攻撃だぞ!」と声をかけ続けた。結果は2-3と競り負けたが、初回に先制の2点二塁打を放った安達琉斗内野手(6年)は、「(監督の声掛けで)やってやろうという気持ちになった。負けて悔しかったけど、楽しかったです」と、泥だらけの顔を綻ばせた。

「準優勝の借りは中学・高校以降で返して」と選手たちに伝えた辻監督【写真:高橋幸司】

「攻撃でも守備でも、攻めて攻めて、相手とせめぎ合う、それが野球の醍醐味であり、“楽しい野球”です。全国に来て急にパワーがついたり、技術的に上達することはない。それでも、成長できるものがあることを子どもたちが示してくれた。素晴らしい経験をさせてもらえました」(辻監督)

 決勝後のミーティングで伝えたのも、今後の人生でも「攻め続ける」ことの大切さだ。「挑戦し、失敗し、再チャレンジできる。野球の素晴らしさを継承していってほしい。将来、親になって家族を持った時にも、スポーツを通して子育てをしてもらえる、そんないい経験ができたんじゃないでしょうか」と辻監督。

 育成年代においては、勝つことだけが全てではない。これからの長い人生における大切なものを手にした、“果てしなく優勝に近い準優勝”だった。

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