
滋賀の名門・多賀少年野球クラブの辻正人監督が出張指導で明かした指導法
全国大会常連で日本一も果たしている滋賀・多賀少年野球クラブの辻正人監督は、「1死三塁」をつくる意識をチームに浸透させている。ゴールを示すことで、選手はプロセスやプレーの意味を考えるようになる。走塁の判断基準が明確になるため、理不尽で感情的な指導を減らす効果もあるという。
「イニングの先頭打者が右中間に打球を飛ばしました。三塁打にできるかどうか、ギリギリのタイミング。三塁を狙いますか、二塁で止まりますか?」
多賀少年野球クラブの辻監督は、出張指導した東京・五日市少年野球クラブの子どもたちに質問した。その場になってみないと分からないのか、大半の選手が答えに窮する。
多賀少年野球クラブの強さの理由は「野球脳の高さ」にある。小学校低学年から辻監督の座学を受ける選手たちは野球を熟知し、場面に応じたベストな選択が頭に入っている。チャンスを確実に得点につなげ、ピンチを最小限に食い止める思考がチームで共有、継承されている。
辻監督が特に重視するのが「1死三塁」。スクイズや内野ゴロで1点を取れる場面をゴールに定め、選手たちは指揮官のサインなしに戦術を考えている。1死三塁をつくるためには、無死二塁とするのが最善策となる。そこで、冒頭の質問に戻る。
先頭打者の放った打球はギリギリ三塁打にできる可能性があっても、二塁で止まって無死二塁にするのが正解となる。これが、1死の場面であれば、アウトになる可能性があっても三塁を狙う。つまり、打球方向や相手の守備力よりも、アウトカウントで次の塁を狙うべきか、狙う必要がないのかの判断は決まるのだ。
理不尽な指導や怒声罵声を防ぐ効果も 「1死三塁」の考え方
「三塁を狙ってアウトになった選手を叱る指導者もいると思いますが、基準や目的を明確にしなければ選手は戸惑ってしまいます。パスボールやワイルドピッチといった相手バッテリーがミスした時も同じで、次の塁を狙うかどうかはセーフになるかどうかというタイミングの問題ではありません」
1死三塁や無死二塁をつくる目的がチームに浸透すると、選手は打席や塁上で自分の役割に徹する。「1死三塁」の考え方をベースに選手たちは応用していく。
無死二塁であれば、二塁走者は無理して三盗は狙わない。犠打や内野ゴロでアウトカウントと引き換えに1つずつ進塁すれば得点できるからだ。打者が四球を選んで無死一、二塁となれば、ダブルスチールで無死二、三塁にして2得点を狙う攻撃も選択肢になってくる。
このようにチームの戦術が明確になっていれば、指導者が結果だけを見て選手を叱るケースもなくなる。仮にアウトになっても、選手の選択には根拠があり、ベストな方法であれば、叱る理由がない。実際、辻監督は10年ほど前から自身の考え方を座学で選手に伝えるようにしてから、これまでの“スポ根”指導を脱却している。
結果論で指導される選手に、監督やコーチの言葉は響くのか。信頼関係は生まれるのか。辻監督が重視する「1死三塁」が問いかけている。