ノーサイン復活で“津軽海峡越え” 打率低迷で逆決断…小学生の判断力を伸ばす秘訣

文:石川加奈子 / Kanako Ishikawa

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「自主選択野球」を掲げる北海道の学童野球チーム・東川大雪少年野球クラブ

 北海道の中央に位置する東川町に、ノーサイン野球を実践する学童チームがある。北海道予選旭川ブロックを勝ち抜き、9月に埼玉県で行われる「第3回年中夢球杯2026全国学童軟式野球大会」への出場を決めた「東川大雪少年野球クラブ」だ。幼稚園年中から小学6年生まで63人が所属するチームを率いるのは、町立東川第二小学校の教員である小林弘明監督。全国レベルの強豪でありながら「自主選択野球」を掲げ、選手の思考力を極限まで引き出す指導哲学と組織づくりの根幹に迫る。

 グラウンド上で小学生が目線を合わせ、小さくうなずき合う。次の瞬間、走者がスタートを切り、打者が鮮やかにスクイズを決める――。今季、そんな場面が何度もあった。小林監督は「ノーサインを取り入れて一番良かったのは、選手同士の理解が深まったこと。『あいつに回ったら外野フライを打つからライナーバックの準備をしておこう』とか、互いの特徴を考えてカバーし合うようになりました」とうれしそうに語る。

 試合前には「バッテリーが強力だから手堅く二塁へ」「盗塁できそうなら3球以内に走ろう」と大枠の指示は出す。その一定の約束事の中で、選手が自ら考え、決断して実行するのだ。監督からは「なぜその選択をしたのか」を常に問われるため、シチュエーションに応じた戦術理解の勉強にもなっている。

 難易度は高そうだが、選手は自然体で受け止めている。中川莉杜(りと)捕手(東川小5年)は「難しいけど、自分たちで考えるのでレベルアップするし、好きなようにできるのは楽しい。サインが決まった時はチームも盛り上がる」と醍醐味を語る。ベンチ内でも「2ボール・1ストライク、ここ(エンドランが)あるよ」など、選手から状況を見据えたレベルの高い声が飛び交う。

 チームには、子どもの自主性と判断力を伸ばすという指導方針がある。その象徴であるノーサイン野球に初めて挑戦したのは、「全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメント」でベスト16入りを果たした直後の2019年秋だった。だが2021年の大会中、劣勢で動揺する選手に監督の声は届かず自滅。「僕がサインを出していれば勝たせてあげられた」とデメリットを痛感し、一度は封印した。

「四球を出すな」とは言わず「いい姿勢で投げ終わるぞ」

東川大雪少年野球クラブ・小林弘明監督(右)【写真:石川加奈子】

 転機は昨秋の新チーム始動時だ。ポジションが固まらずチーム打率は1割台。「以前なら僕がガンガン教えてサインを出していましたが、一か八か、逆の方向にシフトしました。勝利より、自主性や試合後に何を得るかを重視したんです」。その決断が起爆剤となり、チームは急成長して全国切符を掴んだ。

 チームの指導方針には「なんのために勝つのか」という項目もある。小林監督の答えは、勝つことで子どもたちの「世界を広げる」ことだ。そこには、小学校の先生らしい「野球×教育」の理想がある。

「子どもにとって大事なのは経験。全国大会に行ったら、教科書に出てくるような場所にも連れて行って、野球以外のことも学んで帰ってくることを心がけています。目標は津軽海峡を越えることですが、『個の育成』と『チーム強化』の両輪を目指すのは簡単ではありません。選手を犠牲にしてまで勝とうとは思わない。たとえ全国に行けなくても、このチームで成長できた、幸せだったなと思えることが第一です」

 そのために、言葉の選び方を大切にしている。北海道教育大旭川校時代に学んだピグマリオン効果(期待をかけると伸びる)やコーチング論を応用。四球を出してほしくない場面では「四球を出すな」とは言わず、「いい姿勢で投げ終わるぞ」と具体的な動作を示す。ピンチの場面では「アウトを取るぞ」と重圧をかけるのではなく、「ファインプレーの準備をしとけよ」と前向きな心で立ち向かわせる。「自分ならできる」というセルフイメージを育て、叱る時には必ず次にどうしたら良いかを考えさせる。

一塁側ベンチ裏に掲げられた歴代のスローガン入り横断幕【写真:石川加奈子】

「東川大雪少年野球クラブ」は、東川町の子たちで構成する歴史ある「東川大雪少年野球スポーツ少年団」とは別に、2年前に立ち上げられた新組織だ。人間関係や熱量の違いで地元の少年団に馴染めない子を救うための取り組みで、音更(おとふけ)町や占冠(しむかっぷ)村など、遠方から週末だけ通う子どもを受け入れる器となっている。

 チームのスローガン「夢は叶うベストラン」には、小林監督の思いが詰まっている。「『夢って叶うんだよ』と本気で応援してくれる大人がそばにいたら幸せじゃないですか。その大人の一人目になろうと思ったんです」。指揮官自身も勝利と育成という究極の夢へ全力で走り続けている。

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