全国唯一!? 少年野球の現場から感情的な大声や叫びが消えた滋賀県の“なぜ”
野球環境は全国一律ではない。小学生の学童野球の場合は、同じ地域のチームでも規模や編成から活動のあり方まで、指導者によって異なるのが珍しくない。そうしたなかでも、大人の怒声や罵声が見事なまでに消えた、という都道府県がある。関西地区の東端、滋賀県だ。
たとえば去る2月25日、東近江市の長山公園野球場。一帯を見渡せる広大なグラウンドで、朝9時過ぎから同時に4試合が行われていた。そこで昼過ぎまで取材をしたが、ストレスに感じるような大人の大声や感情的な叫びは、ついに一度も聞かれなかった。
「滋賀県全体が、いまはこういう流れになっている。ウチも昔は怒声、罵声のチームでしたけど、コロナ禍の前くらいから自主的にそれはやめようと。すると、子どもたちも根性論というよりは野球を楽しもうという感じに変わって、数も増えてきました」
証言してくれたのは、貴生川(きぶかわ)ビクトリーズ(甲賀市)の山之内洋代表。チームは同日、坂本龍馬旗争奪西日本大会(夏に高知で開催)の県予選で優勝した。ベンチの大人に高圧的な雰囲気はなく、当然ながらプレーする選手たちは真剣そのものだった。
「子どもが萎縮しないように、いつも心掛けています。練習の方法とか、監督と選手の距離感とかは時代に合ったものが必要やと思います。ただ、何でもかんでも昭和がダメや! でもない。良いものは良いし、アカンもんはアカンと、要はメリハリをつけたらいいんかなと思います」(山内代表)
「グラウンドに入ったら、みんなが自分の子やと思って楽しもう」
代表決定戦を戦った相手、笠縫(かさぬい)東ベースボールクラブ(草津市)は、指導陣と選手の自然な笑顔と、活発で前向きな声掛けが印象的だった。率いる飛鳥馬洋明監督は「私自身も楽しい」と言いつつ、考えを明かした。
「第一は子どもに楽しく野球をしてほしい。大人がカッカすると萎縮してしまうので、監督の私からできるだけ笑顔で。そうすることで、子どもたちは持てる力をより出せるのかなと思います」
チームは4年前、近隣同士の合併で誕生したばかり。それでも昨年末には、ポップアスリートカップの全国大会初出場など、めきめきと頭角を現している。初代監督で昨年の6年生チームを率いた中原亮一総監督は当事者の私見として、県内から罵声・怒声がなくなった理由をこう語る。
「親と子が一緒にできるのはスポ少(学童)だけやから、一緒に楽しもう! グラウンドに入ったら自分の子だけやなく、みんなが自分の子やと思って楽しもう! そういう雰囲気が広まっているんやないかと。あとは、野球はエラーがつきものやから、どんどんチャレンジしていこう! という考えも根付いてきたように感じます」
県や市区町村の軟式野球連盟から各チームへは、「罵声・怒声を控えるように」との通達や講習会での指導が2年ほど前からあるという。ただし、他の多くの都道府県でもそこは同様だろう。また新年度からは全国一律で、チームにつき1人以上の資格指導者が必要となる。
ではなぜ、滋賀県は一様に罵声・怒声が消えたのか。関東地区でも、ひと昔前がウソのように大人の怒鳴り声が聞かれなくなってきたが、根強く残るチームも散見される。
多賀少年野球クラブ・辻監督の取り組みに「足りないところ気づいた」
笠縫東の中原総監督は大きな要因として、同県の多賀少年野球クラブ(多賀町)の取り組みと辻正人監督の存在を挙げた。同クラブは2018年から全国2連覇を遂げている。
「多賀の日本一から辻監督がメディアによう出るようになって、全体的に変わりだした感じも……。辻監督の『世界一楽しく!』という発信に、僕も衝撃を受けました」
2年前からは直接に交流。『罵声・怒声禁止』を明文化した多賀主催の大会にも参加し、野球を通じた親子の幸せな世界も体感しながら多くを学んできたという。
「子どもに気持ちよく野球をさせる、というのが僕に足りんかったところやと気付かせてくれました」(中原総監督)
県庁のある大津市でも、人口35万人弱。琵琶湖や山々など自然の豊かな地域性や、そこで育まれる県民性なども要因だろう。ともあれ、日本列島のほぼ真ん中にある滋賀県から、野球界の未来をも照らす光が放たれているのは間違いないようだ。
○大久保克哉(おおくぼ・かつや)1971年生まれ、千葉県出身。東洋大卒業後に地方紙記者やフリーライターを経て、ベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」でロッテと大学野球を担当。小・中の軟式野球専門誌「ヒットエンドラン」、「ランニング・マガジン」で編集長。現在は野球用具メーカー、フィールドフォース社の「学童野球メディア」にて編集・執筆中
https://www.fieldforce-ec.jp/pages/know
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