少年野球の保護者が気になる進路 中学注目選手が強豪・大阪桐蔭を選んだ理由

謝敷さんは大阪・河南シニア出身、多くの選手が高校で野球を続けている

 たくさんあるチームや高校の中で、自分に合っているのはどこなのか。進路の選び方は野球を続ける上で悩みの1つであり、ターニングポイントにもなり得る。2005年、06年と大阪桐蔭で甲子園に2度出場した謝敷正吾(しゃしき・しょうご)さんは元々PL学園に憧れ、大阪桐蔭を知らなかったという。First-Pitch編集部では、野球人生の大きな分岐点でもある中学チームや高校や大学、社会人など、進路の決め手を紹介する連載「セレクトデザイン」を掲載していきます。

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「PLに行きたくて、PLに行けなかったら野球をやっている意味がないというくらいに思っていた。大阪桐蔭は知らなかった」

 今や関西に住んでいなくても、野球に関心がなくても、大阪桐蔭の名前を知らない人はほとんどいないだろう。それにもかかわらず、大阪の河南シニアでプロ野球選手を夢見ていた14歳の少年は、大阪桐蔭と言われても、まるでピンとこなかった。

 不動産会社「オープンハウス」で働く謝敷正吾さん。ツインズの前田健太投手に楽天・田中将大投手、ソフトバンク・柳田悠岐外野手や巨人・坂本勇人内野手ら、現在の野球界を背負う選手と同じ1988年生まれだ。大阪桐蔭では2年と3年の時に夏の甲子園に出場。副主将を務め、打線の中心を担った。

 謝敷さんが小・中学生だった当時、PL学園の甲子園出場回数は突出し、多くのプロ野球選手を輩出していた。子どもの頃から甲子園を目標にしてきた謝敷さんも、PL学園でプレーする姿を思い描き練習していた。しかし、中学2年生の春、転機が訪れる。練習グラウンドに面識のない男性が現れるようになった。男性は、じっと謝敷さんのプレーを見ている。真夏でも、いつも黒いスーツ姿だった。

「当時、自分は大阪の一番南にあるシニアに通っていたが、黒いスーツの男性が頻繁に来ていた。一体、誰なんだろうと興味を持つようになった」

 秋になったある日、謝敷さんはPL学園が大阪桐蔭と試合をすると知り、見に行くことにした。お目当ては、もちろん憧れのPL学園。しかし、目を奪われたのは大阪桐蔭の選手だった。「とんでもない選手ばかりだった。こんな高校があったのかと興味が沸いてきた」。そして、大阪桐蔭のベンチを見ると、あの男性がいた。いつもの黒いスーツではなく、ユニホーム姿で。西谷浩一監督だった。大阪の最も南にあるチームでプレーする自分を熱心に見に来ていた男性が、とんでもない選手を率いている。謝敷さんは、大阪桐蔭を目指すと決めた。

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