入団1年目のあだ名は「骨折くん」 元巨人鈴木尚広さんが38歳までプレーできた理由

2021.09.19

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入団5年目に個人トレーナーと契約、肉体改造に着手

 通算228盗塁を記録した元巨人の鈴木尚広さんが38歳まで現役を続けられたのは、けがへの向き合い方を変えたのも大きな要因だった。骨折や肉離れを繰り返し、母親からは「けがのデパート」と言われたこともあった。技術を上げるために必要なのは練習だけではないと気付いてから、1軍で活躍する道が開けた。

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 プロ1年目に3度も骨折し、「骨折くん」のあだ名がつけられた。度重なる故障に、母親からは「けがのデパート」と言われた。元巨人・鈴木尚広さんのプロ野球人生はけがを抜きには語れない。

「繰り返しけがをするまでは、たくさん練習すればうまくなると思っていました」。

 福島県の相馬高校から1996年ドラフト4位で巨人に入団した鈴木さんは、1軍デビューするまでに5年間も2軍暮らしが続いた。スピードはトップレベル。2軍の試合に出場すれば、結果は残す。ただ、シーズンを通してプレーできない。理由は、度重なるけがだった。

 自らを「エリートとは程遠い」と評する鈴木さんは、プロで生き残るため自分を追い込んで練習した。だが、ケアを怠り鍛え続ければ、筋肉は悲鳴を上げる。鈴木さんは、その声を気に留めなかった。結果、肉離れや腰痛を発症し、毎年のように戦線離脱した。

 けがをすれば試合どころか、練習も満足にできない。鈴木さんはプロ5年目の2001年に個人トレーナーと契約した。当時は2軍の選手。決して多くはない年俸の半分をかけて、肉体改造に取り組んだ。「けがには原因があります。自分の体と向き合い、けがをしないで体を鍛える方法を考えました」。

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