部員140人の控え野手→半年でエースに“急成長” 最速120キロが「痛打されない」ワケ

文:磯田健太郎 / Kentaro Isoda

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エイジェックカップ初優勝…武蔵府中シニアのエースは“元控え野手”

“生き残る”ために重ねてきた努力が、にじみ出るような投球だった。中学硬式野球5リーグの夏の王者が“真の日本一”をかけて戦う「第4回エイジェックカップ 中学硬式野球グランドチャンピオンシリーズ」の決勝戦が、8月28日に神宮球場で行われ、武蔵府中リトルシニア(東京)が浜松北ボーイズ(静岡)を5-2で下して初優勝を収めた。快挙に大きく貢献したのが、エース右腕の高橋湊投手(3年)。サイドスローのエースは、かつては控え野手だったというから驚きだ。投手転向にはどのような背景があったのか。

 今やエースとして君臨する高橋だが、2年生の春先までは野手としてプレーしていた。しかし、二塁、三塁、外野と、ポジションが定まらず転々とする日々。打撃も苦手で、本人も「うまくいかないことが多かった」と振り返る。そこで、小川紀輝(としき)監督が勧めたのが“投手転向”だ。高橋自身も小学生時代に経験した投手への憧れを抱いており、「投手が足りなかった事情と、本人も元々やりたいと言っていたので、終盤のワンポイントで投げられるようになればと声をかけました」と小川監督は語る。

 初めはオーバースローで投げ始め、ストライクが取れるようになると、段々と腕の角度を下げていった。「野手の経験があるので、横からリリースする感覚はあるだろうと思っていたんですよね。ずっと投手をしている子をサイドにするよりも良いんじゃないかと」と、小川監督はロジックを明かす。変則派右腕への一歩を踏み出した。

 2年の夏から本格的にサイドスローとして試合で投げ始め、秋になると公式戦で登板するようになった。ワンポイントから1イニング、1イニングから先発へと徐々に信頼を勝ち取り、初めてもらった「21」の背番号は少しずつ数を減らした。そしてついに3年生の春には念願の背番号「1」になった。

 武蔵府中は、140人超の部員が所属する大所帯だ。茂木栄五郎内野手(ヤクルト)や山村崇嘉内野手(西武)など、多数のOBをプロへ輩出している。その名門で控えから這い上がり、エースナンバーを背負う重圧は感じていた。「元々中学でピッチャーは通用しないだろうと思って野手をしていた。1番を着けた初めての公式戦は足がブルブル震えて、ボークを取られないか心配だったらしいです」と、父・裕介さんは笑う。

 しかし、舞い上がることも謙遜しすぎることもなく、高橋は努力を続けた。3年生になると、打者のタイミングを外すためにフォームをさらに改造。直球の最速は120キロと速くない部類だが、その分低めの制球力を徹底的に磨いた。右のサイドスローの鬼門になる左打者には、痛打されないように外角に沈むチェンジアップを身につけた。

最速120キロでも“痛打されない”…独特な球質

投手転向1年程とは思えない堂々のマウンドさばきを見せた【写真:黒澤崇】

 迎えた3年間の集大成、第4回エイジェックカップでは実力を遺憾なく発揮した。準決勝は6回から登板し、1点差を追いかける兵庫伊丹ヤングを2回1安打無失点で封じた。続く決勝で先発すると、味方の失策が絡み2失点するも、4回2/3を投げ無四死球2失点(自責ゼロ)。要所を抑える投球で優勝に貢献した。

 2試合を通じて、打たれた長打はたった1本。小川監督も「普段から頭を越されるような長打を打たれることはないですね。これまでの公式戦で打たれたホームランも1本だけです。横から投げているので捉えづらい軌道なのかもしれないですね」と、いつものことのように話す。高橋も「いい意味で“いかない”直球が持ち味なので、打たせて取る投球をしました」。低めの変化球でタイミングを外し、勝負どころでは内角の直球で詰まらせる。エースになって数か月とは思えない投球術だった。

「140人の部員の中で、必死に自分が生き残れる方法を探していました。監督からアドバイスをいただいて投手転向して、自分の道を見つけられたのでよかったです」。胴上げの歓声を背に充実した表情を見せる。まだまだ伸び盛りのエースが、どんな投手像を描いていくのか楽しみだ。

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