大人の“全指示野球”は「一つも面白くない」 女子学童がボール回しに時間を割くワケ

文:吉田三鈴 / Misuzu Yoshida

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学童女子野球選抜チーム「品川レディース」は基本的にノーサイン

 少年野球の試合に対し、「監督がまるで操り人形のように子どもを動かしている」と評する声が一部で聞こえることがある。確かに、野球はトップダウン型指導が一般的であり、大人がコントロールしたほうが勝ち続けられるかもしれない。しかし、東京・品川区の学童女子野球選抜チーム「品川レディース」を率いる原田真吾監督の指導は、その真逆だ。チームの勝利と、子どもの成長を両立させる、あえて大人が引き算する育成論に迫った。

 品川区内の4つの地区連盟から集まった、小学4〜6年生の女子18人が所属する品川レディース。そのチーム戦略は驚くほどシンプルだ。サインは、わずか3つだけ。内野の守備連係とカバーリング、走塁などは基本的にノーサインだ。必要であれば選手同士が判断して決めていく。

「僕が細かく指示を出して、思い通りに選手を動かしたほうが勝てる確率は上がる。それは理解しています」と原田監督は前置きしたうえで、それでもあえて実行しないのは「そんな野球、子どもたちにとって一つも面白くないからです」と笑い飛ばす。

 指示待ちの駒を作るのではなく、実際にグラウンドに立つ選手たちが「今、どう動くべきか」を自ら考える。そこにこそ、野球の本質的な楽しさがあるはず、と話す。

 特に顕著なのが、内野の守備だ。相手のバントシフトや、ランナーの動きに応じたカットプレーなど、すべてノーサインで動く。これを成立させているのが、練習メニューの核となっている塁間のボール回しだ。原田監督は、この地味ともいえるメニューに、全体の練習時間の中でかなりの時間を割く。

「野球の守備は、塁間をしっかり投げられることから始まります。でも、ただ投げるんじゃない。塁間のボール回しを長めにやるのは、『相手との呼吸を合わせるため』であり、『誰かのカバーに誰がどう入るか』の予測力をシンクロさせるためです」

 サインという“命令”で動く組織は、想定外の事態が起きた瞬間に崩壊しがちだ。しかし、ボール回しを通じて「あの子が捕り損ねたら、自分が入る」という予測の呼吸を共有しておくと、試合中の不測の事態にも“アドリブ”で瞬時に対応できる強さを発揮できるのだという。

ミスそのものは責めない…指揮官が重視する「カバーリングと予測行動」

「やるべきこと」を何より徹底させる原田真吾監督(右)【写真:吉田三鈴】

 原田監督は練習中や試合中、ボールが捕れたか、打てたかという結果をほとんど重視しない。ただし、「その状況において、戦術的にやるべき行動」を怠ったときだけは、鋭い視線を送る。

「ボールを後ろに逸らしてしまうのは、技術のミスだから仕方がない。僕が見ているのは、その後にランナーの進塁を防ぐために、すぐにボールを追いかけて適切な処理をしたか。もしもの悪送球に備えて、瞬時にカバーリングのポジションに入っていたかといった点です。これを僕は『やるべきことをやっているか』と呼んでいます」

 一人のミスを想定して、他の8人が迅速に動く。この「カバーリング」や「予測行動」こそが、チームの失点リスクを劇的に下げる戦略だ。「全員がプレーヤーだからこそ、出場・ベンチに関わらず毎試合さまざまな役割(声がけ・水分・記録・サポートなど)に価値を見つけ、それぞれが実行に移すことを目指しています」。

 この「やるべきことを果たす」という基準は、試合中だけでなく、グラウンドに足を踏み入れた瞬間から始まっている。

「試合前のウオーミングアップ1つとっても、『早く野球がしたい、勝ちたい』という目的意識があれば、ダッシュの1歩目、キャッチボールの1球への集中力が変わります。ダラダラと時間を消化するだけのアップは、戦術的に何の意味もない。試合で最高のパフォーマンスを発揮するための準備を100%やっているか。そこが勝敗の分岐点になる」

 野球は、ボールが動いているプレー中だけでなく、動いていないプレー間(準備やカバーリング)の時間も重要なスポーツだ。派手なプレーで勝利を目指すのではなく、誰もが予測を怠らず、役割を淡々と遂行する。そんな選手一人ひとりの姿勢に重きを置いている。

「視野が広くないと野球はできません。ボールは1球だけど、全員が連動して動くのが野球。起こった事象に対して何をするか。そこがミスを減らす鍵だし、何より『人の役に立つ』ということです。野球の素晴らしいところは、相手を思いやる気持ちがカバーやフォローという形になって現れる点ですから」

1つのポジションに固執しない…81通りの可能性を

中高でも活躍できるような“潰しがきく”育成を心がける【写真:吉田三鈴】

 品川レディースでは、自チーム(普段所属している男子中心のチーム)で固定のポジションがあっても、原田監督のもとに来たら「最低3つはポジションを守ってほしい」と選手たちに伝えるという。そこには、子どもたちの未来を見据えた“親心”が隠されている。

「打順(1番〜9番)とポジションを掛け合わせたら、81通りのパターンがある。その中のどれかどこかで秀でる選手になれれば、これから先、中学・高校と野球を続けていく上で必ず潰しがきくはずです。『自分にはこれしかできない』と思い込むより、いくつもの役割をこなせるほうが、チームのピンチを救う、なくてはならない選手になれますから」

 小学生にとって、自分のことで精一杯な中で仲間のプレーまで思いやるのは、本当に難しいことだ。だからこそ、できないときにその場で責めたり、延々と反省会をしたりするのではなく、「自分で気づく心が育つまで、信用して待つ」のが原田監督の信念。そこに、予測と準備という戦術的な規律の高さが加わるからこそが、品川レディースがここ一番の接戦で崩れず、毎年安定した好成績を収められるのだろう。

「それぞれが今頑張れることをしっかりと行った結果の先に、楽しいと笑顔がある」と原田監督。そんな強い組織を、チーム一丸となって目指している。

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