「希望の架け橋になれればと、メジャーで戦っていた」
岩隈さんは楽天で最多勝や沢村賞などを受賞し、マリナーズではノーヒットノーランも達成した。華やかな舞台に立ち続けた印象が強いが、高校時代は野球を辞めようと考えた時もあったという。
「誰もが挫折を経験します。僕は高校時代に野球を辞めようと思いました。その時に、好きなことは何なのかを考えました。野球が好きだったから、どのように向き合っていくのかを突き詰めた結果がプロの世界につながりました。苦しい時期も壁にぶつかる時もありますが、必ず意味のある時間です」
岩隈さんはプロで成功するために、いくつもの壁を乗り越えてきた。自身の努力や決意は言うまでもないが、周りのサポートも大きな力となった。特に2011年に発生した東日本大震災は、野球への考え方や取り組み方を改めて見直す出来事だった。
当時、楽天の中心選手だった岩隈さんは、被災から1か月後にチームメートやスタッフらと避難所や仮設住宅などを訪れた。メジャー移籍を表明したシーズンオフにも被災地を訪問。激励で訪れた子どもたちから新たな挑戦を応援され「子どもたちの姿に前を向く勇気をもらいました。野球で戦うことが希望の架け橋になればいいなと思って、メジャーのマウンドで戦っていました」と振り返った。
小学生の頃からプロで引退するまで、野球が持つ力を感じてプレーしてきた岩隈さん。環境や時代が変わっても変わらない野球の魅力を、次世代の野球少年少女に届けるつもりだ。




