「高校1年からレギュラーを」 “父親代わり”の名門シニア監督が掲げる、中学野球の目的

文:楢崎豊 / Yutaka Narasaki

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大阪交野リトルシニア【後編】 春から高校野球をする選手へ贈った、岩橋良知監督の言葉

 かつて社会人野球の名門・日本新薬で監督を務めていた名将が、今は中学硬式チームの指揮を執っている。昨年は厳しいながらも信念を持った指導で、「大阪交野リトルシニア」を日本リトルシニア日本選手権やジャイアンツカップ出場に導いた。「監督と野球がやりたい」と慕われ、卒団式では熱い言葉で教え子たちを送り出した。その目はまるで“父親”のようだった。

 時代の変化とともに、“昭和”を生きた指導者も指導方法が変わってきた。だが、昔の指導がすべて悪とは思わない。過去には元DeNA・倉本寿彦内野手(現・くふうハヤテ)を育てた岩橋監督は「私の教えは昭和かもしれないですが、厳しさは絶対に必要だと思っています。自分の子どもだと思って、接しています。どんな壁にぶつかっても、強い人間に育てたい」。飴と鞭と使い分けて、選手たちを見続けてきた。

 中学の3年間を「大事な時期を預かっている」と位置付ける。他のチームの監督が現有戦力の3年生ではなく、次の代以降を見据えて指揮していると聞くと、「あなたはチャレンジできるかもしれないが、子どもたちには今しかないんですよ」と声を荒げたこともあった。「指導を諦めることは絶対にしない」と強い口調で言い切る。

 選手にも保護者にも全力で向き合ってきた。時代とともに、変えた部分と変えていない部分がある。「僕は今も昔も、選手を怒りますし、叱ります。でもその後、必ずフォローをすることを決めています」と怒りっぱなしには絶対にしない。なぜ怒られたのかを子どもたちが理解しないと、指導の意味がない。心の成長につながらないからだ。

 言葉を交わさないと、子どもたちの表情が変わっていくのがわかる。手にとるように心情もわかる。そのため、できるだけ選手たちと話をするようにしている。会話のきっかけを作るために「好きなアイドルとかを調べています」と笑う。今の中学生世代で流行っているもの、音楽なども入念にチェックし、グラウンドに立っている。

 交野リトルシニアの選手たちが中学年代で野球を辞めずに、高校、それも名門校に進んで続けるのは、目標の設定方法に一つの理由があった。「何のためにうちのチームに来たのかが、チーム、選手、その保護者の間で明確になっているからだと思います」と分析する。

目的、目標を入部時に定めることの重要性

 中学のチームにはどこにもカラーがある。勝利だけを目指すチーム、楽しさを追求するチーム……交野リトルシニアは「学校生活(学業)を疎かにしない」「高校で野球をやるための指導」を岩橋監督が示している。そのため、目指すところが同じでない選手、保護者については入部の際にしっかりと考え方を説明し、理解を得てからの所属となる。中学野球のチーム選びをする上では、とても重要なことでもある。

 岩橋監督は「高校1年からレギュラーを取るための準備」をはじめ、高校3年間、大好きな野球を続けられるような基礎づくりをテーマに置いて、指導をしている。高校で辞めてしまうケースは大きく分けて「3つある」と分析する。

 一つ目は「練習についていけない」。二つ目は「寮生活で量が多くてご飯が食べられない」。三つ目は「今は減っているし、ないと信じたい」と前置きした上で、上級生などからの「いじめ」。そのため、練習量、食事、メンタル強化を普段の活動から心がけて、厳しさと楽しさを融合させ、取り組んでいる。

 選手たちと目的意識が合致しているため、本気でぶつかり合うことができる。岩橋監督は「私は中学生に真剣に怒りますよ」と鬼と化すことも多い。チームの和を乱すことや私生活に問題があるとわかれば、たとえ野球の能力が高くても練習や公式戦のメンバーからも外す。

 その結果、大事な試合に負けたこともあった。敗戦後もメンバーから外した選手と向き合い、人間性の部分の指導は続いた。その選手は今、名門校で主将としてチームを引っ張っており、時折、悩みの相談を受ける間柄だという。

 進学した先でも選手たちは壁にぶつかることがある。OBとして帰ってきたグラウンドで打ち明けてくるケースもあれば、直接、電話で相談を受けることもある。中学時代は選手と監督だが、今は良き相談相手。「選手のお母さんから『監督、うちの子が今、悩んでるので相談に乗ってください』と電話をかけてくることもあります。いろいろありますが、最後は積み上げてきたことに自信を持っていけ、と言いますね」。中学時代より厳しいことはない。それを乗り越えられたのだから大丈夫だと背中を押している。

 今年も26人の選手が高校へと巣立っていく。卒団メンバーには「つまずいたら相談に乗るから。いつでも連絡してほしい。電話をくれたら答えを出すから、かけてきてほしい」と伝えた。優しい表情で心に語りかけた。岩橋監督は一流企業にも勤務し、社会人野球の監督も務めてきた。だからこそ、技術よりも社会で役立つ人間性を鍛えてきた思いがある。

 3月末日。指揮官は、教え子たちに最後の言葉を送った。

「卒団しても私を頼ってきてほしい。私は君たちの永遠の父親だから」

 交野リトルシニアの選手からは、「監督でなければこんなきつい練習は乗り越えられなかった」「監督に高校で活躍している報告をしに来たい」「怒られたことに、理不尽なことは一つもない。全部意味がありました」という声が届いた。その厳しさの中にある温かい関係性は、親子のようにずっと続いていく。

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