「野球を辞めたい」と言った息子、父は「ありがとう」 たどり着いた驚きの結末

公開日:2022.06.19

更新日:2024.12.19

文:楢崎豊 / Yutaka Narasaki

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学童野球を卒団した後は中学で卓球部に入部、父は後押しした

 少年野球を続けていた我が子から、中学進学を機に卓球部に入ることを決めたと報告を受けた。その時、野球をずっとサポートしていた父はこう言った。「ここまで野球を通じて、いい思いをさせてくれてありがとう」。野球との“別れ”にも関わらず、なぜ二人はこのような境地にたどり着いたのか。楽しいことも、辛いことも一緒に乗り越えてきた親子の物語を紹介する。

 現在、中学1年生で卓球部に所属しているAくんは関東地方の学童野球チームでプレーしていた。最終学年はエースとして、チームを大会の優勝に導いた。小学5年生の頃には上の学年に混ざり、主軸を任される強打者で、チームの中心選手でもあった。

 しかし、バッティングフォームに悩み、スランプに陥った。上の学年の投手の球に対応できなくなり、調子は下降線に。だんだん打順は下がり、いつしかスタメンから外れるようになってしまった。落ち込む日々が続いた。

 6年生になったある日。父のBさんは息子から「野球を辞めたい」と告げられた。

「息子は体が大きい方でしたが、あまり活発なタイプではなかったんです。(周囲との)実力差も感じはじめていました。『そんなこと言うなよ』『活躍できるよ』みたいなことを言っても無駄なことだとわかっていました。本人が辛い状況にいることは感じていましたから」

 諦めたわけではないが、父は息子の気持ちが本心であることがわかっていた。これは二人だけにしかわからないこと。父は「よくここまで頑張ってきたな」と受け入れることにした。実はこの親子、指導者の暴言などを理由に他のチームから転籍していた過去がある。移籍してからは楽しく野球を続けることができていた。

 心残りはないと言えば、ウソになる。父は息子に言葉を続けた。

「どうせ辞めるのであれば、最後にやってみたいポジションをやってからにしないか? このまま終わるのはちょっと気分が晴れないのでは? 挑戦してからにしようよ。君の人生が変わるかもしれないよ」

 息子はこう答えた。「そうだね。僕、ピッチャーをやってみたい」。父は驚いたという。

投手をやりたいことを監督へ直談判、その答えは…

「本人は希望を言っても『絶対にやらせてもらえない』と思っていたようでした。しばらくは悩んでいたんですが、監督に直談判してみようよという話になりました。ダメならばそこで野球を辞めるだけのこと。もう失うものはないんだから、と」

 本音を言うと、転籍してきたこともあり、卒団までの残り約半年間、このチームで最後までやり遂げてほしい思いが父の中にはあった。

 ある土曜日の朝。一人で監督に意を決して伝えにいく覚悟を持って、息子は父よりも少し早く家を出た。数時間後、父がグラウンドに向かうと、晴れやかな表情をする息子がいた。

「監督が『いいよ』って。『明日先発で投げてみようか』とも言われた、と。私もその後、監督のところへなぜOKしてくれたのか確認をしたら『自分から初めてやりたいことを言ってきてくれた。私がダメという理由はないですよ』と言ってくれました。そこが始まりでしたね」

 絶対にやらせてもらえないだろう、と思っていた。Aくんの心の中には“監督から怒られる”という恐怖があったという。理由は前に所属していたチームにあった。怒鳴る指導者のもとで野球をやっていたため、子どもながらに『意見を言ったら、怒鳴られる』と思い込んでしまっていたからだった。小さい頃に受けた恫喝はその一瞬だけではなく、その後にも影響を及ぼす“害”となる。子どもの未来を奪う危険性がある。

投手を始めると、打撃も復調し、地域の大会で優勝に貢献

「息子はピッチャーを始めてから、急にバッティングの調子が戻ったんです。あれだけ苦しんでいたのに……。体が大きいので投げる球にも力があったりして、主戦を任されるようになりました。最終的には80チームくらい出場する地域の大会で優勝することができまして、息子はMVPになりました」

 半年前まで「辞める」と言った子が駆け上がった飛躍の階段。そこには子どもの未来を真剣に考える大人の言葉が支えとなっていた。活躍もあり、卒団時に中学の野球チームから誘いはあったが、息子からは中学に入ったら卓球部に入ることを告げられた。

「本人はすごく迷ったみたいです。悩んで悩んで決めた。それが一番の答えかなと思います。本人が興味を持ったものに対して、親としてはしっかりサポートをしていきたいと思っています」

 二人の間では一度、野球にサヨナラを告げていた。悔いのないように、最後までやり切ること、やりたいポジションをやって終わることを目指し、有終の美を飾った。親子が描いた“ストーリー”は少年野球チームの卒団とともに完結したのだった。新たな一歩を違うスポーツで踏み出したことについて、父に異論はない。

「息子は今、卓球にどハマりしてますよ(笑)。まだ語れるほどでないですが、私もよく試合に応援に行き、楽しんでいます。テクニックを覚えて、前向きに練習をしていますね」

 父のBさんは幼少の頃、親の言いなりだったという。野球部に入れと言われるがまま高校まで野球を続けた。自分から意思を伝えることが許されない状況だった。だから当時「野球が楽しい」とは言えなかった。

「子どもが親に相談しづらい雰囲気ってあるじゃないですか。私は『こんなこと言ったら怒られるから黙っておこう』みたいなタイプの子どもでした。そういうタイプの子になってほしくなかった。できれば、大人からいろいろと吸収して、いろんな言葉をかけてもらって、育ってほしいなと思っていました。なので、私自身、子どもに対して『いつでも話かけてもいいよ』という空気を出すことを心がけていました」

 野球をする子どもと親の距離感は難しいと言われる。関わりすぎてもいけないが、放置することにも限度がある。野球の先に見ているものは何なのかが大切だ。今回、話を聞いた親子の場合は、勝利でもない、進路でもなく、ゴールは“心の成長”にあった。

 最後に父に聞いた。息子にかけてあげたい言葉はなんですか?、と。

「最後の半年は本当によく頑張った。自分でたくさん考えて決断して、それをやり抜いたこと。今後、壁に当たったとしてもその経験を糧に立ち向かってほしい。と言いたいですね」

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