公立名門中を襲った“激動の1年” 名将の死去、新入生急減も…辿り着いた「日本一の終幕」

文:高橋幸司 / Koji Takahashi

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中学軟式野球の強豪・上一色中、亡くなった西尾弘幸監督に捧げる全国ベスト8

 勝つことだけが全てではない。そう示してくれた中学生たちの激闘だった。8月11日~15日に開催された、中学軟式野球の日本一を決める“中学生の甲子園”「第42回全日本少年軟式野球大会ENEOSトーナメント」で、3年ぶりの優勝を目指した東京・江戸川区立上一色中は、準々決勝で相陽クラブ(神奈川)に延長タイブレークの末に敗れた。2006年から同中を率いてきた名将、西尾弘幸さんが今年4月に死去。「西尾先生のために日本一を」の願いこそ叶わなかったが、選手たちは“激動の1年”を最高の戦いで締めくくった。

 同じ関東のライバル同士が、特別な思いで火花を散らした。13日に横浜スタジアムで行われた試合は、互いに無得点のまま延長タイブレークへ。上一色中は8回二死から1番・保坂海音内野手(3年)が初球を叩いて待望の1点を奪ったものの、その裏に相陽が意地をみせて逆転サヨナラ。西尾さんとの交流が長かった相陽の内藤博洋監督も、「(上一色中は)強い思いで戦っているのが伝わってきた。一生忘れられない試合」と語る熱戦だった。

 自身の野球歴は中学までという“ほぼ野球未経験”。それでも西尾さんは、前任の小松川第三中、そして上一色中と、環境に恵まれない公立中学の軟式野球部を全国に名を轟かす名門に育て上げた。甲子園常連校にも多くの選手を輩出し、横山陸人(ロッテ)、深沢鳳介(DeNA)の2投手をプロの世界へ。“未経験”だからこそ固定観念にとらわれず、積極的に最新の技術やトレーニングについて学んだからこそだろう。昨春には「次は大学に勉強に行くつもり」とも語っていた。

 そんな意欲的だった名将を突如病魔が襲った。昨夏の大会後に監督を退き療養生活に。そして今年4月30日、67歳で天に召された。

 今の3年生、2年生は皆、西尾さんを慕って上一色中の門を叩いた選手たちだ。昆野央宙主将(3年)は、「先生が退任された時は、正直どうなってしまうんだろうと思った」と打ち明ける。指導者は飯塚理前監督、そして今年4月からは新任の西山博城監督と代わり、毎年数十人が入部していた新入生も、わずか5人にまで激減。それでも、「負けたら『西尾先生がいないから』って言われてしまう。絶対にそうならないよう自分たちの野球を貫こうと。僕たちはたくさんケンカもするけれど、団結力も強いので」と一丸となった。

 西尾野球といえば、初球から積極的にスイングする「強力打線」。3月の全国大会「全日本少年春季軟式野球大会」出場を勝ち取ると、130イニング連続無失点を続けていた星稜中の148キロ剛腕・服部成投手(3年)から貴重な1点を奪うなど、ベスト4入り。そしてこの夏も、東京都、関東の予選を勝ち抜き、全国からわずか16チームしか出られない大舞台へ這い上がった。初戦では強豪私学の明徳義塾中(高知)に2-0で勝利。相陽には敗れたものの、ミスを恐れず果敢に喰らいつく“西尾イズム”は、確かに息づいていた。

西尾さんが語っていた「中学野球がゴールではない」

ベンチには西尾氏のユニホームが飾られた【写真:磯田健太郎】

 伝統を受け継いだ西山監督も、大きなプレッシャーを感じながら指揮を執ってきたことは想像に難くない。意識したのは、あくまで主役は選手たちだということ。「たくさんコミュニケーションを取りましたし、今日もベンチ内やマウンドに行った時に会話をして、彼らの思いを汲みながら采配をさせてもらった。逆にリードしてもらったというか、選手たちに救われました」と就任からの4か月を振り返る。

「僕も西尾先生を尊敬し、指導方法や生徒へのアプローチをたくさん学ばせてもらってきた」という西山監督が、思い起こす名将の言葉がある。「日本一の終わり方を目指そう」。

「優勝する1チーム以外は必ずどこかで負ける。だからこそ、そこまでのプロセスが大事だし、『日本一の終わり方ができた』と誇れる歩みをしようとおっしゃっていました。選手たちは今日、その言葉にふさわしい試合ができたのではないかと思います。これからも、日本一の終わり方ができる、試合を見た子たちが『上一色で野球がしたい』と思ってくれるチームを作っていきたい」(西山監督)

 昆野主将もまた涙を拭い、こう胸を張った。「西尾先生のために日本一をとりたかったけれど、悔いはありません。大変な1年間でしたが、先生方や周りの方々に助けられて、本当に成長できた1年間でした」。

「中学野球がゴールではない。高校以降もできるだけ長く野球を続けてほしい」。これもまた、西尾さんがよく口にしていた言葉だ。濃密な経験を積んだ選手たちが、高校へ進んでどこまで飛躍するのか。そして、上一色中の新たな伝統がこれからどう紡がれていくのか。恩師も天国から見守っているに違いない。

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