鴻江寿治氏のキャンプ名物、茶畑での“下り坂ラン”で「受け入れて、適応する」
プロ野球界は現在、春季キャンプ真っ盛りだが、準備期間となる1月に注目の合宿が福岡県八女市で行われた。アスリートコンサルタント・鴻江寿治氏の「鴻江スポーツアカデミー」が主宰する合同自主トレ「鴻江キャンプ」。今年も1月15~19日の5日間でプロ野球からは12人、ソフトボールを含む他競技を含めると計24人のアスリートが参加した。このキャンプの名物といえば、八女の壮大な茶畑の中を走る「下り坂ラン」。それにしても、なぜ“上り”ではなく“下り”なのだろうか。
鴻江キャンプからはこれまで、2度の最多勝獲得の元中日エース・吉見一起氏や、育成からメジャー選手となった現メッツの千賀滉大投手、今年の合宿にも参加した女子ソフトボール界の“レジェンド”上野由岐子投手らが指導を受け、飛躍を遂げたことで知られる。鴻江氏は、長年磨いてきた観察眼から、人の体を猫背型の「うで体」と反り腰型の「あし体」の2タイプにわけ、それぞれの特徴に応じた細かい指導を選手たちに施す。
その合宿で、球場での練習前に行うのが、広大な茶畑の中を走る「下り坂ラン」。午前10時、宿舎前に集合した選手たちは、一斉に車で移動。場所は、八女中央大茶園。丘の上の展望台から見渡す一面に広がる緑の茶畑は、実に壮観だ。
入念に動的ストレッチなどのウオームアップを行うと、そこから一気に約1キロを、緑のじゅうたんの間をぬって坂を駆け下っていく。車でのピストン輸送を繰り返して、3~5本。インターバルは5分ととらず、間髪入れずに次の本数に入るという印象だ。
それにしても、なぜ「下り」なのか。鴻江氏は「上りは“頑張って走る”ですが、下りは“走らされる”、そこに意味があります。下り道を受け入れることは、自分の体を受け入れること。そうして、自分にとっての自然な体の使い方がわかってきます」。重心が前寄りの「うで体」は、腕を横に振って肘を後ろに引くことを、重心が踵寄りの「あし体」は、後ろ足を蹴り膝を高く上げることを意識するとよいという。
ソフトボールの“レジェンド”も「初めて走り方がわかりました」
イメージ的には下るよりも上る方が大変に思えるが、実はそうでもない。
着地衝撃は下りを走る方が大きく、例えば正月名物の大会でも、5区を走った選手よりも6区の選手の方がダメージは残りやすい。また、スピードに乗る“恐怖感”も相まって、ついブレーキをかけがちになる。そうすると、速く走れないのはもちろん、足や膝への負担も余計に大きくなる。自分の体に合った走り方でなければ、なおさらだ。
「“走らされる”ことを受け入れて、適応する。それが理解できれば、体の中に眠っている深い部分が動き始めます」と鴻江氏。「あし体」タイプである西武・今井達也投手は、初参加した昨年よりも下りの疲労感が減ったといい、「無駄な動きが減れば、その分、疲れることがなくなるし、それがピッチングにもつながってくると思う」と語っていた。
興味深かったのは、ソフトボール・上野投手の言葉だ。走行中に雨が降ってきたために、それを避けようと顎を少し引いたところ、疲れずに速く走れるコツをつかんだという。上野投手は、猫背型の「うで体」。顎の引きが、自分に合う体勢に導いたのだろう。もう何年も鴻江キャンプに通い続ける41歳のレジェンドだが、「初めて下り坂の走り方がわかりました。あと何本でもいけます」。
人間は、いくつになっても新しい発見ができるし成長の余地はある。育成年代ならば、その余地は“無限大”だ。「私の理論は、決して他の理論を邪魔するものではありません。つま先重心か、踵重心かもそうですし、2タイプに応じてその子の良さを見つけてあげれば、自然に悪いところはなくなります」と鴻江氏。故障で苦しむ人を減らすためにも、トップレベルで活用してきた理論を、一般のプレーヤーにも伝えていきたいと願っている。