目立たぬ“サブキャラ”がプロ指名を受けるまで…恩師信じて夢果たした155キロ左腕

公開日:2021.11.12

更新日:2023.12.26

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火の国サラマンダーズの石森大誠投手は最速155キロ左腕

 自称“サブキャラ”が、プロにドラフト3位で指名される選手にまで上りつめた。今年10月のドラフト会議で中日の指名を受けた独立リーグ・火の国サラマンダーズの石森大誠投手は高校時代、あまりに目立たない存在だった。それでも自分の可能性を信じられたのは、素質を見抜いた恩師“言葉”があったから。憧れの舞台へたどり着く大きな原動力となった。

 高校時代を石川の名門・遊学館高でプレーしていた石森は、チームメートのレベルの高さに圧倒されていた。3年夏に甲子園に出場しても、喜び以上に驚きが大きかった。対戦した熊本代表の九州学院高は、現在DeNAでプレーする伊勢大夢がエースで、4番には1年生だったヤクルト・村上宗隆が座っていた。その試合をベンチから見ていた石森は自身の高校時代を「サブキャラでした」と自虐的に振り返る。

 ところが山本雅弘監督は、石森の足の速さと肩の強さから「主役になれる」と見抜いていた。ある日、「怖い存在だった」という指揮官と2人で話した時にかけられたのが「お前が一番プロに行ける素質がある」という意外な言葉。石森の頭に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。「何で俺なんだろう?」。自分がプロ野球選手になるイメージはとても描けなかったが、言葉の力は印象に残った。大学で野球を続ける決意をした。

 東北公益文科大(山形)に進学した石森は、ここでも「プロ」という言葉を聞く。横田謙人監督も石森の潜在能力の高さに惚れ込み「お前をプロに行かせる」と宣言、1年春から外野で起用した。3年次から投手も務めるようになった石森は、エース兼主将としてチームを南東北リーグ優勝に導き、プロを意識するようになった。

あきらめずにプロを目指して再挑戦、才能が開花

「ずっと“サブキャラ”だった自分を必要としてくれているのは、やっぱりシンプルにうれしかったです。プロを目指したいと思うようになりました」

 しかし、大学4年生だった2019年のドラフト会議では指名漏れした。もう野球を辞めようかと思った時、頭の中に浮かんだのは「プロに行ける」と期待してくれた2人の指揮官や両親、応援してくれた人たちの顔だった。

 ユニホームを脱ぐのは、まだ早い。感謝の思いもあって、再びプロを目指す覚悟を決めた。社会人野球の熊本ゴールデンラークスを経て、今季は九州アジアリーグに参戦する火の国でプレーした。野手としての能力も評価されていた学生時代と違い、自らの希望もあって投手に専念。ついに才能が開花した。

 左腕からのストレートは最速155キロを記録した。課題のコントロールも改善、19セーブでタイトルを手にした。そして、ドラフト会議では中日から3位指名。「プロに行ける」と評価した2人の恩師の目が、間違っていなかったことを証明した。あきらめずに野球を続けて辿り着いた華やかな世界のスタートライン。“サブキャラ”から主役へと華麗に転身した。

 心折れ、野球を辞めてもおかしくないポイントはいくつもあった。それでも挑戦し続けられたのは、期待してくれた恩師の“言葉”があったからだ。次は中日のクローザーという大きな夢を抱いて、プロの世界に飛び込む。

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