「先を考えれば、強豪校進学が全てではありません」

 当時、浪速高校野球部には専用グラウンドがなかった。サッカー部、ラグビー部、アメフト部と共用で、1時間ほどしかグラウンドが使えない曜日もあった。そこで、取り入れていたのが体幹、メンタル、ビジョンなど様々なトレーニング。今でこそ、強豪校では一般的になっているが、大引さんが高校球児だった20年前は珍しかった。監督から教わった基本のトレーニングが、どのように野球の動きとつながるのかを選手たちが考える。大引さんは「当時ほとんど言われていなかった股関節や腸腰筋の重要性を教わりました。与えられたトレーニングメニューが野球でどう生かされるのか分かると、同じメニューでも片足でやって難易度を上げるなど、自分たちで工夫していました」と振り返る。

 浪速高校は考える力を武器に、体格や練習環境に恵まれている強豪校と互角に戦った。大引さんが2年生の時、同校では2度目となる選抜大会に出場。野球部史上初めて甲子園で勝利を飾り、ベスト8まで進んだ。大引さんの目的は甲子園出場ではなかったが、結果的に憧れの舞台に立った。

「素材やパワーが自分たちより上のチームと同じ練習をしても勝てません。他のやり方で勝つことを理念に掲げていました」。高校で身に付けた考える習慣は、大学でもプロでも継続していたという。

「甲子園が野球人生の全てと考えているのであれば、越境してでも強豪校に進むのは選択肢の1つだと思います。ただ、その先を考えれば、強豪校への進学が全てではありません。自分は浪速高校を選んで良かったと心から思っています」と大引さん。35歳まで選手として野球を続け、現在は日体大の大学院でコーチングを学びながら、硬式野球部の臨時コーチを務めている。長く野球に携わるために選んだ進路が間違いではなかったことを証明している。

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